2016年 2月16日〜29日
2月16日 ジャック〔バー・コルヴス〕

 バレンタインの後は、ご主人様がたもご機嫌です。今日もノロケをたっぷり聞かされました。
 常連のトウドウ様などは、はずむようでしたね。

「うちのひきこもりが、おれのためにケーキ作りに出かけたんだよ。ひとりで」

 人生バラ色といったご様子。

「それは、すごいプレゼントですね」

「しかもさ。あいつのカードが泣かせるんだ。あいつ、なぜかおれの家が火事だと勘違いしたらしくて『家がなくなったら、ぼくの家に住んでください』ってさ」

 アホが、といとしそうに笑ってらっしゃいました。


2月17日 巴〔犬・未出〕

 まったくアルフォンソの野郎! どうしてくれよう。

 おかしいと思ったのだ。おっちゃんには奥さんがいるはずなのに、留守宅に他人が入り込むなんて。

 おれの家だった。空き家になった我が家に、泥棒一家が入り込んだらしいのだ。
 で、不審火を起こして逃げた。

 おっちゃんは、おれのアイポッドをとってきてくれようとしてたらしい。前にアルにそんな話をしたのだ。素人が歌うボカロの曲が入っていて、ここではそれが買えない。それで、おっちゃんは我が家を訪ね――あああ、恥ずかしい!!


2月18日 アキラ〔ラインハルト〕

 藤堂氏がおれに今年のバレンタインの出来事を話した。

(巴がねえ)

 あの、自意識過剰の化け物が、ひとりで外に出たというところからおどろきだ。

「おれも旧い人間だからさ」

 藤堂氏は苦笑して、

「家族の写真とか賞状とか思い出の品みたいなものが焼けて、悲しむだろうなと思ったのよ。家っていろんな記憶が詰まってるだろ。いつかおれに何かあって、あいつが日本に帰る日、自宅の焼け跡を見るのかと思ったらさ。なんか、すまないなあって」

「で、実際、うちあけたら?」

「爆笑してた」


2月19日 アキラ〔ラインハルト〕

 藤堂氏は言った。

「あんなに笑ったあいつを見たの、はじめてだ」

「やつは若いんですよ」

 おれは言った。

「思い出はこれからできるからいいんです。あなたと」

「また、いいこと言って」

 藤堂氏は照れたが、

「まあ、そうだろうな。若いんだろうな。おれがプレゼントしたボーカロイドのCD聞いて、フンフン歌ってるよ」

 そんなもんだ。
 みじめな思い出が詰まり、抜けるに抜けられなかった家だ。砦であり、同時に独房だった。焼けてなくなった今、やつは一息ついているのではなかろうか。


2月20日 リアン〔犬・未出〕

 アマデオ・ルシエンテスは、迷惑なものばかりよこす。
 ドムスという檻。執事という見張り。乗れないスポーツカー。シルバーの首輪。犯罪組織での地位。

 彼が寄越したモノのなかで一番の迷惑は、ボディガードのミカだ。ゴツくて、でかくて腕っ節は強い。ブロンドブルーアイズのハンサム。
 そして、悲惨なほどのひどい人見知りだった。おれともろくに口がきけない。21歳。

 おれはこいつが放っておけない。このかわいい白クマが、このほど失恋したようだ。


2月21日 リアン〔犬・未出〕

「おい」

 CFに出かけようと、ミカの部屋に声をかけた。
 やつはベッドの上にトドのように倒れて動かなかった。

 昨日も同じ姿勢。好きなゲームもやらず、テレビも見ない。おそらく泣いてもいないのだろう。ただ、ショックを受けた時のまま、ぼう然と横たわっているだけだ。もう五日も。

 デスクには、ラッピングされた一厘のバラがしおれている。

「職務放棄か。靴を履け」

 おれは無理やり、やつを家から連れ出した。


2月22日 リアン〔犬・未出〕

 ミカの失恋相手はおそらくゲーム仲間だ。あいつの社交範囲はゲームにしかない。

 以前、ここの情報を集めるためにアカウントをとったが、面倒くさくなってミカに預けた。
 ミカはのめりこんだ。後日のぞいたら、トモエとかいうおしゃべりなパラディンとパーティーを組んで遊んでいた。

 ミカはゲームの中でも口数が少なかったが、それでも笑顔の記号をまめに打ったり、現実社会よりは愛想がよかった。楽しそうだった。

(おそらく、アレだ)


2月23日  リアン〔犬・未出〕

 おれはミカに屋上で走るよう言いつけた。
 ベッドで寝転んでいるのはまずい。少しは時間を動かすべきだ。

「やあ、リアン」

 中庭でコーヒーを飲んでいると、世話焼きのアルフォンソが声をかけた。

「最近、ミカはゲームにINしないの?」

 こいつもゲーム仲間だったらしい。

「ああ、ちっとな」

「トモエが病気じゃないかって心配してたよ」

(おっと)

 キーパーソンの名前が出てきた。

「ミカはトモエに振られたんじゃねえのか」

「え?」

 アルフォンソは意外そうだった。

「そんな話は聞いてないけど、なんで?」


2月24日 リアン〔犬・未出〕

 おれはミカを呼びに、屋上へ行った。
 やつはベンチの上でトドのように横たわっていた。

「おい」

 おれはその手すりに腰をひっかけ、言った。

「あのな。トモエを迎えに来た男は、恋人でもなんでもねえぞ」

 ピク、とミカの小さい頭が動いた。

「トモエはおまえが、見知らぬでかい男が近づいてきたから震え上がってたんだ。過呼吸起こしかけていたんだとさ」

 ミカはしばらくじっと考え込み、おもむろに身を起こした。おれは言った。

「おまえがゲームにINしないから心配してるってよ」


2月25日  リアン〔犬・未出〕

 ミカの大好きなトモエというのも重症の人見知りらしかった。彼はそれでも傷心の主人のために一大決心して、アルの家にケーキ作りを習いに出かけた。

 ミカはそれをゲームのチャットで知った。そこで自分もトモエに会うべく、花を持って出て行った。

 ところが、トモエはでかい不審者が追ってきてパニックを起こした。迎えにきてくれ、と先方に電話を入れ、美男のミハイルが出てきた。

 トモエが過呼吸気味だったので、ミハイルは彼の背をなだめたらしい。ミカは勘違いした。


2月26日 リアン〔犬・未出〕

 先を歩く、ミカのでかい肩が風船のように軽くなっていた。
 仕事を忘れ、浮かれきっている。

(いつのまに相手のヤサまでつきとめてたんだ)

 ヤサどころではない。ひきこもってめったに家を出ない相手の顔も認識していた。ミカが自分で情報を集め、出向き、どこかで顔を見てきたのだ。

 ふだんは意識さえさだかでないうすのろのクマに見えるが、恋のためにはスパイばりに行動力があった。

(ガキめ)

 アマデオとのゲームにおいて、ミカに情をうつすのはまずかった。でも、浮かれたクマはかわいい。


2月27日 エリック〔調教ゲーム〕

 病み上がりで体力が落ちている。

(少し走ろうかな)

 CFに行ったが、屋上はランナーが多かった。最近、マラソンが流行っているようだ。
 おれは思いつき、CFを出た。

 公園のまわりを走るのだ。あそこならけっこう距離もあるし、雑木林がさわやかだ。軽くストレッチして走り出すと、清掃員が数人、枯れ葉を掃いていた。

(ん?)

 清掃員ではない。あれはタクとヒロとアンディだ。

「おまえら、何やってんの?」

 三人は笑って何か言ったが、よく聞こえなかった。ボランティア?


1月28日 エリック〔調教ゲーム〕

 奇特な連中だ。おれはかまわず、枯れ葉を踏んで走った。

 冷たく乾いた風が気持ちいい。陽に輝く木々を見るのは楽しかった。ボトルの水で咽喉をうるおしつつ、おれはそれなりの速度をあげて走った。

 一周まわった時、またあの三人を見た。三人は周囲をきれいに掃き清め、枯れ葉を小山のように積んでいた。何が楽しいんだか、まめなやつらだ。

(もう一周しとくか)

 怠け心に鞭打って、もう一周挑んだ。
 ぜいぜいいいながら戻ってくると、三人は焼いた芋を喰っていた。


2月29日 ジル〔不貞〕

「ジル?」

 夕方、カウチでうたた寝していると、アンディが帰った気配がした。
 そろそろ夕飯を作る時間だ。

(めんどくせえ)

 なぜか、おれがふたりの飯の面倒を見ている。なぜか、まったくわからん。
 ふたりは夕飯の時間になると、ちゃっかりテーブルで待っている。

(作るから甘えるんだ)

 放っておこう、とたぬき寝入りした。

「ジル?」

 アンディが入ってきた。

「お……」

 彼は近づき、おれの腹の上に温かいものを置いた。
 彼が去った後、薄目を開けると、腹の上にこげた栗が乗っていた。


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